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東京高等裁判所 平成8年(行コ)80号 判決 1997年5月22日

控訴人(原告) 横山孝子 外二名

被控訴人(被告) 練馬東税務署長

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、控訴人らの平成三年四月三〇日相続開始に係る相続税について、いずれも平成五年七月三〇日付けでした、<1>控訴人横山孝子に対する更正のうち課税価格一四億六六五三万七〇〇〇円、納付すべき税額三三四七万九二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定、<2>控訴人横山貴子に対する更正のうち納付すべき税額二億六七八三万三九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定、<3>控訴人横山ちなぎに対する更正のうち納付すべき税額五億三五六六万七八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二被控訴人の本案前の申立て

一  原判決中、控訴人横山孝子に関する部分を取り消す。

二  控訴人横山孝子の訴えを却下する。

三  訴訟費用中、控訴人横山孝子と被控訴人との間に生じた部分は、控訴人横山孝子の負担とする。

第三事案の概要

一  次のように付加するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決八頁一一行目の「残代金の支払」の次に「、トリムシティに対する本件立体駐車場の引渡し」を加え、同一二頁九行目の次に次のように加える。

「4 租税特別措置法改正と更正の請求及びこれらに対する更正の経緯

平成八年三月二九日の租税特別措置法の改正によって、同法六九条の四の特例(相続開始前三年以内に取得等をした土地等又は建物等についての相続税の課税価格の計算の特例)が廃止された(租税特別措置法の一部を改正する法律・平成八年法律第一七号。以下「改正法」という。)。そして、改正法による右特例の廃止に伴う経過措置により、平成三年一月一日から平成七年一二月三一日までの間に相続又は遺贈により取得した土地等で、取得価額課税の特例制度の適用がある土地等を有する場合に、同特例を適用して算出した相続税額が同特例の適用がないものとして算出した場合の相続税の課税価格の七〇パーセント相当額を超えている場合には、その超えている部分に相当する相続税額を減額することとされた(改正法附則一九条三項)。なお、右経過措置の適用を受けるためには、平成八年九月三〇日までに、所轄税務署長に対し、更正の請求を行うことが必要であることとされた(改正法附則一九条五項)。

控訴人横山孝子は、平成八年九月三日、右経過措置の適用を受けるため、改正法に基づき更正の請求を行った。これに対し、被控訴人は、同月三〇日、更正の請求をすべて認容し、同控訴人に係る課税価格及び相続税額をともに零円とする更正を行い、それに伴って同控訴人に係る過少申告加算税額を零円とする再賦課決定をした。」

二  被控訴人の本案前の申立ての理由

控訴人横山孝子については、平成八年九月三〇日付け減額更正処分によって、同控訴人には、取消しを求めるべき対象たる本件各処分それ自体が存在しなくなったのであるから、本件取消訴訟によって回復されるべき権利利益が存在しないこととなったのである。したがって、同控訴人には、同控訴人に係る本件各処分の取消しを求める訴えの利益がないものというべきである。

三  被控訴人の本案前の主張に対する控訴人横山孝子の反論

控訴人横山孝子に関する本件各処分の取消判決が確定した場合には、同控訴人が納付した本税、過少申告加算税、延滞税の全額及びこれに納付した税額に対する年七・三パーセントの還付加算金が付加されて同控訴人に返還されるが、同控訴人の更正の請求に対する平成八年九月三〇日付け減額更正処分では、還付加算金が考慮されないから、なお本件各処分の取消しを求める訴えの利益が存在する。

第四争点に対する判断

一  控訴人横山孝子の本件各処分の取消しを求める訴えの利益について

1  被控訴人は、控訴人横山孝子の本件各処分の取消しを求める訴えは利益を欠くとして右訴え却下の判決を求めている。しかし、被控訴人は、原審において、右訴えに係る請求を棄却する旨の全面勝訴の判決を得ているから、被控訴人としては、原審の右判断により不利益な訴え却下の判決を求めることは許されない。

もっとも、原判決につき全面敗訴の同控訴人が控訴しており、この控訴に基づき、原判決を取り消した上右訴えを却下する判決をすることができるので、以下右訴えの利益につき判断する。

2  ところで、納税者の更正の請求に基づき減額更正(それに伴う減額再賦課決定を含む。以下一において同じ。)がされた場合は、納付済みの国税について、減額に係る本税額及び加算税額並びにこれに対する延滞税額のほか、これらの金額に対して、更正の請求があった日の翌日から起算して三月を経過する日と当該更正があった日の翌日から起算して一月を経過する日のいずれか早い日の翌日から、税務署長が還付のためにする支払決定の日までの期間の日数に応じ、年七・三パーセントの割合を乗じて算出した還付加算金が還付されることとなっている(国税通則法五八条一項本文及び二号)。他方、既存の更正及び加算税賦課決定(以下本項において合わせて「旧処分」という。)が判決によって違法であるとして取り消され、その判決が確定した場合には、納付済みの国税について、取消しに係る本税額及び加算税額並びにこれに対する延滞税額のほか、これらの金額に対して、それぞれその納付の日の翌日から税務署長が還付のためにする支払決定の日までの期間の日数に応じ、年七・三パーセントの割合を乗じて算出した還付加算金を付加して還付されることとなっている(同法五八条一項本文及び一号イ)。

したがって、旧処分について、更正の請求に基づき減額更正がされた場合と判決により取り消された場合とは、減額あるいは取消しの範囲において、本税額及び加算税額及びこれに応ずる延滞税額が消滅し、それらが還付される点では相違はないが、減額あるいは取消しに係る納付済みの国税(延滞税を含む。)についての還付加算金の算定期間の始期において法律の規定により相違があり、還付加算金の額が、後者の場合の方が相当に有利である。これは、いずれの場合も旧処分をその範囲で消滅させるものである点においては同様であるが、前者の場合は旧処分が適法であることを前提として更正の請求のあった以後にこれを改めるものであるのに対し、後者は旧処分を違法であるとして旧処分の当時に遡ってこれを消滅させるものであるということによる相違であると解される。

3  そこで検討するに、控訴人横山孝子に関して、右二4のとおり、被控訴人が同控訴人の更正の請求に基づき、平成八年九月三〇日更正の請求をすべて認容し、同控訴人に係る課税価格及び相続税額をともに零円とし、また、同控訴人に係る過少申告加算税額を零円とする減額更正を行っているから、本件各処分は消滅し、その効力を失ったものと解される。しかし、乙第三六号証によれば、同控訴人は、右の更正の請求に当たり、本件各処分が違法であるときはその取消しを求めることを留保していることが認められるところ、右に述べたところによれば、本件各処分につき、更正の請求に基づく減額更正の場合と判決により取り消された場合とを比較すると、後者の方が前者より、納付済みの国税に対する還付加算金の額において、同控訴人に利益となることは明らかである。

そうすると、更正の請求に基づく減額更正がされたことにより同控訴人に係る本件各処分の効力が失われたとしても、国税を納付した上本件各処分が違法であるとして争っている同控訴人には、なお本件各処分の取消しにより回復すべき利益が存在し、その回復には本件各処分の取消しを要するから、同控訴人は、本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有する者であるということができる(行政事件訴訟法九条括弧書き参照)。

4  よって、同控訴人の本件各処分の取消しを求める訴えには利益がある。

二  本案に対する判断

次のように付加、訂正するほかは、原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二九頁三行目の「利用したか」を「利用されたか」に改め、同三三頁八行目の次に次のように加える。

「 これに対し、控訴人らは、当審において、東京地方裁判所が平成三年五月一日彰夫のした断行の仮処分申請を認容する決定をしたことは、その申請に係る被保全権利の存在と保全の必要性を認めたこと、すなわち、彰夫について社会的基盤等が形成済みとなっており、これが侵害されていると判断したことを意味するものであるとし、その点を根拠として本件通達六九の三―八が適用ないし準用されるべきであると主張するもののようである。

しかしながら、保全処分は、将来本案訴訟において確定するべき権利の実現可能性を確保しておく必要性がある場合などに、一時的に権利を保全し、又は仮の権利関係を形成するためにされるものであり、そこにおける裁判所の判断は、あくまで被保全権利及び保全の必要性についての一応の判断に過ぎない。したがって、控訴人ら主張の右仮処分決定における判断は、彰夫の大野商店に対する本件立体駐車場の引渡請求権及び保全の必要性についての一応の判断に止まり、本件立体駐車場が利用可能な状態にあったか否か等といった観点から、すなわち、右駐車場につき、本件特例が適用されるか否かという観点からの判断でないことはいうまでもないから、裁判所が右仮処分申請を認容したからといって、それにより、直ちに仮処分申請時に申請者である彰夫の下で、右駐車場につき社会的基盤等が形成済みとなっており、これが侵害されているとの判断が示されていると考えるのはいかにも飛躍であるといわなくてはならない。したがって、控訴人らの右主張は前提を欠く。

のみならず、本件通達の趣旨からすれば、その適用を受けるためには、相続開始前において、既に事業の用に供されていたということが当然の前提となるものであるところ、本件においては、そもそも相続開始前において本件宅地が駐車場事業の用に供されていたといことができないことは、前記1のとおりであるから、この点からも、控訴人らの右主張は失当である。」

2  同四〇頁七行目の次に次のように加え、同八行目の「5」を「6」に改める。

「5 控訴人らは、本件特例の立法趣旨は、昨今の駐車場不足という事態の解消に貢献するという社会的貢献者に対して、相続の際に、土地評価を安くすることによって、そのまま駐車場を廃止しないで継続させるという政策目的を達成することにあるとしたうえ、彰夫は、平成三年一月二九日に代金を支払って本件立体駐車場の引渡しを受け、同人は東立と、東立はトリムシティと各駐車場業務委託契約を締結し、右関係人らによって、右駐車場は、同年二月一日オープンのための人的、物的諸設備が完備され、同日以降、駐車場として利用可能となっていたから、駐車場事業の用に供する旨の社会的基盤が形成され、社会に貢献することが確定していたものであり、したがって、本件特例を適用すべきであると主張する。

しかしながら、前記1認定の本件特例の趣旨及び本件特例の文言、並びにその適用は課税の公平、迅速という観点からできる限り一義的かつ明確な客観的基準によるべきであることからすれば、本件宅地が駐車場事業の用に供されていたか否かは、前記のように、相続の開始直前において、『現実に』駐車場事業の用に供されていたか否か、少なくとも駐車場利用者において現実に利用できる状態になっていたか否かという観点から判断すべきであるから、右観点の考慮を必ずしも必要としないとの控訴人らの右主張は、採用することができない(本件特例の趣旨は、前記一1(一)の冒頭に述べたようなものであり、控訴人ら主張のような趣旨が含まれていないわけではないが、そこにいう社会的基盤の形成は瞬時にして完成するものではなく、これには一定の時間的経過が必要であるところ、本件特例は、当該宅地等が相続開始の直前において、現実に事業の用に供されていた場合に初めて、関係者の社会的基盤が形成されていたものとみて、これを保護しようとするものであるということができる。)。

また、控訴人らは、彰夫が平成三年一月二九日には本件立体駐車場の引渡しを受けており、彰夫と東立及び東立とトリムシティとの間の各業務委託契約により、彰夫の占有が東立を介してトリムシティに移され、同年二月一日から右駐車場の営業を開始することを利用予定者に対して広く知らせているから、彰夫の駐車場事業は事実上撤回困難な法律的、社会的、経済的状態になっていたのであって、これをもって社会的基盤が形成済みであるといえるから、本件においては本件宅地が駐車場事業の用に供された、もしくは、これと同視すべきであると主張するもののようである。

しかしながら、前記1のとおり、本件特例の適用の可否は、対象となる宅地の相続開始の直前における現実の利用形態をみて判断すべきであるところ、彰夫が実際に本件立体駐車場の営業を開始しようとしていたのは平成三年二月一日であったとしても、彰夫は、それに先立ち、大野商店からの仮処分の執行によって右駐車場の占有を失い、右営業開始予定時期から、右駐車場の営業を現実には開始できなかったのであるから、たとえ彰夫が右駐車場における営業準備行為を行い、彰夫の駐車場事業が事実上撤回困難な社会的、経済的状態になっていたとしても、これをもって本件宅地を現実に駐車場事業の用に供したものということができないことは明らかである。また、課税の公平、迅速という観点からすると、特例規定の適用の可否はできる限り一義的かつ明確な基準をもって判断されるべきであるところ、控訴人ら主張の諸事情を真摯に考慮しても、客観的にみて、利用者が現実に利用できる状態となっていない右駐車場について、営業を開始した状態と同視することが相当とは解されない。したがって、控訴人らの右主張も理由がない。

次に、控訴人らは、大野商店が仮処分決定の執行によって本件立体駐車場の占有権を取得し、右駐車場を利用客に対して利用させることが可能であったのであるから、彰夫が大野商店を介して右駐車場の営業をすることができる状態にあったものということができ、利用者の立場から考えると、具体的な営業行為を行う者は誰でもよい筈であるから、右駐車場は、彰夫がトリムシティか大野商店のいずれかを介することによって、同年二月一日以降、利用できる状態になっていたものであり、このことを理由に本件特例の適用が可能であると主張する。

しかしながら、大野商店の仮処分執行によって、右駐車場の占有は、排他的に大野商店に帰したものといわざるを得ないが、大野商店が現実に右駐車場の営業を開始したこと、すなわち、右駐車場を利用者が利用できる状態に置いたことを認めるに足りる証拠はないのみならず、仮に大野商店が右駐車場で営業を行ったとしても、それが彰夫の駐車場事業と認められるものではないことはいうまでもない。したがって、控訴人らの右主張は採用できない。

さらに、控訴人らは、本件特例における『事業の用に供した』の解釈に当たっては、当該事業の用に供した時期と当該事業からの収入の計上時期とが表裏の関係にあることから、後者の判断基準である権利確定主義の原則を前者にも及ぼすべきであるところ、彰夫が平成三年二月一日以降、本件立体駐車場についての収入すべき権利が確定しているとして、営業保証金に代わる補償金を駐車場の収入として申告納税し、税務当局もこれを是認している以上、本件宅地を駐車場事業の用に供していないと解することはできないと主張する。

ところで、権利確定主義とは、一定の課税期間における所得計算に際しての収入等の計上時期についての判断基準であるところ(所得税法三六条一項参照)、相続税の課税対象は、所得そのものではなく、相続開始時点における被相続人の財産であり(相続税法一一条)、その価格の計算は、当該財産の取得時である相続開始時における価額(時価)によるべきものとされている(相続税法二二条)。そうすると、所得税と相続税とは、その課税客体において、前者が各種所得である一方、後者が遺産という点において異なるし、また、前者においては一定の期間を前提として収入等の計上時期をいつとすべきかが問題となるのに対し、後者においては相続開始時という一時点を捉えて課税価格を算定するもので、その計上時期が問題とならないという点において、明らかに異なるのであって、所得税においてその収入等の計上時期につき権利確定主義の基準によるからといって、相続税の解釈、とりわけ、本件特例の解釈・適用において、この基準によるべきことにはならない。したがって、事業の用に供した時期とその事業の収入計上時期とは表裏の関係にあることから、事業の用に供した時期の判断においても、事業の収入等の計上の時期の判断基準としての権利確定主義によるべきであり、その結果彰夫が平成三年二月一日以降本件立体駐車場を営業の用に供していることになるとする控訴人らの主張は、これを採用することができない。」

三  結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は棄却を免れない。

(裁判官 鈴木康之 丸山昌一 小磯武男)

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